潮風とともに
エッセイ

 本当に久しぶりに小椋佳のコンサートをTVで見た。それも半月の間に2度も。
 最初はNHKTVで何気なくリモコンのダイアルボタンを押していると偶然画面に出合った。幸いオープニングだったので、これ幸いと90分間たっぷりと小椋佳の世界に浸った。初めてのコンサートから35年間の音楽活動のダイジェストを上手に90分間にまとめた番組であった。
 中でも「少しは私に愛を下さい」を来生たかおと井上陽水、そして小椋佳の3人で歌ったシーンは、三人三様の表現が個性的で面白かった。
 
 聴いているうちに30数年前の自分に戻っていてチョット感傷的になっているのに気がつき「まだこんな気分になれるのか」と我ながら少し照れくさかった。
 
 小椋佳の曲を初めて聴いたのは30代の前半で丁度設計事務所を開設した頃だった。そんなに上手くはない(?)が、力まずに、さらっと歌う声とメロディーと詩に惹かれて,所員が帰ったあと1人でエスキースをしている時のBGMとして良く彼のLPレコードをかけていた。時にはギターを弾きながら口ずさんだりして悦に入っていたこともあったかな(若かったね)

 高校の頃、英語の副読本の中でイギリスの作家が書いた評論の1節に「建築は凍れる音楽だ」という文章が載っていたが、音楽に比べると感動という点ではかなわないなと思ったりしたこともあの頃のことだったかな。

 当時、彼の歌を聴いていると、日本的なメロディーにもかかわらず、何故かアメリカのモダニズム建築家「リチャード・マイヤー」の白色を基調にした作品とイメージが重なっていたことや、その頃設計していた建築のこと等、すっかり忘れていたことまで思い出したのはやはり音楽の力なのかな。

 2度目は、既に最初の番組の予告で知っていたので、ビデオをセットして聴
いた。今度は、全国ツアー「未熟の晩鐘」というテーマの最後のステージで1月にNHKホールで録画したコンサートであった。
 竹と路をモチーフに<和>のデザインで構成された舞台装置であったが、後半はともかく、前半のステージはもう少し透明感のあるモノトーンの空間の方が良かったような気がしたが・・・・・・・・・。
      

 
これまでに聴いたことのない曲を含めて120分、どの曲も詩の中にちりばめられたフレーズが如何にも彼らしい表現でよかったが「この歳になっても、心がときめくモノをもっていること自体が幸せだ」というモノづくりらしい彼のセリフが印象的だった。そのことだったら私だって「建築・まちづくり」という心がときめくモノももっているし「経営」だってわくわくすることもある。

 このコンサートのテーマを<ファイナルコンサート>にしようと思ったが「早過ぎる」と反対されて「未熟の晩鐘」にしたとのことだが、<ファイナルコンサート>はずっと先のことにして、もっと“心がときめく”曲を沢山創って欲しいと思わせるステージだった。

    
  リチャード・マイヤー   
      開放的で詩的な「白い」建築で知られるアメリカの建築家。ル・コルビュジエの原則を受け継ぐ
      「新モダニスト」と位置づけられている。

           
      
スミス邸(1967年)     小椋佳
                    (公式HPから転写)

 建築設計・まちづくり・経営と、どれも面白く
て飽きないコンサルティング活動を続けています。  
 うまくいったといっては喜び、行き詰った時は
人に気づかれないように沈んで いる、そんな毎日
ですが、数十年もコツコツとやってこれたのは、
毎日の生活で出会う人々に励まされたり、時たま
耳にする音楽、アマゾンで買い求める本、野球・
サッカー等のスポーツ、そして気まぐれの旅等が
癒してくれたからでしょうか・・・・・・・・。

□ 「未熟の晩鐘」を見て、聴いて・・・・(3/21)